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第二〇二条へ 第二〇三条へ 第二〇四条へ 第二〇五条へ 第二〇六条へ 第二〇七条へ 第二〇八条へ 第二〇九条へ 第二一〇条へ第二〇一条 「働けば凍る間もなし水車。」
讃岐の多宝塔に、仲須様にお世話になって、そこへ水車を置きましたが、なるほど寒い時でも水が動いておりますと凍りません。常にクルクル回っておる。働けば凍る間もなし水車。という歌がありますが、泉先生は、こういう歌をどうご覧になったかといいますと、止まっておれば凍るんだと。動いたら凍らんのだという、ただ水ということばかりでなしに、これを広く使われたのです。それは動いとりさえすれば、理屈に合わん所のお陰が受かると、先生はご覧になったのです。なるほどそうじゃと思います。
今こそあまり無理なことしませんけれども、昔の軍隊は雪が降ったら雪中行軍、雪が降るとワザワザ行軍に出かけたものです。その雪中行軍に出かける時の隊長の訓示です。それを私、聞いておりましたが、どういうこと言うかと言いますと、「雪の中では冷たいのは当り前だ。外からは零度以下の寒風が吹いてくるんだ。お前の体は三十六度五分の温度を持っとるんだ。この三十六度五分の温度を保持さえすれば雪に勝てるんだ。」こう言うのです。これは、ようわかっております。その通りでございます。しかしながら、その三十六度五分をいかにして保つかということなのです。行軍中に小休止して、休むことがあるのです。今から十分休む。その時分に、もし眠たいなあと言うて、もたれて寝た事なら、体の温度がそれからふえないのです。六度五分より下がるのです。寝たら下がるのです。そうすると負けるのです。凍傷をおこしたり、かぜをひき込んだり、肺炎をおこしたり、肋膜炎をおこしたり、雪中行軍したら病人が沢山出来ます。小休止やるという時でも、足で根限り動かす。足踏みをやる。手を動かす。体を動かす。
一寸も休まんのが、休みだとこういうのです。こういう訓示を受けたことがありますが、なるほどこの歌の通りに、働けば凍る間もなし水車。人間は起きておるから三十六度五分持てるのです。寝たら持てません。休んだら、持てない。泉先生はそういう所へ気をお付けになって、寒かったら動けとおっしゃるのです。
私は今老人ですからいたしませんけれども、若い時にやったことなのですが、大体私はこたつ入れて寝るのはきらいな性なんで、若い時分から炬燵好きませんが、あの寝る前にシャツ一枚とバッチ一枚になって、たんぼ中を走って来るのです。氏神様位まで走って、一生懸命に走っていって、そして、それで寝たら今度クワッとぬくもる、暖まるのです。暖って寝れば、なるほど寝心地はよいものです。良いのですけれども、からだがもう休んで伸びきって休んでしまっています。せんべいであったら、あぶって伸びてしもうとるのです。そういう時分に、もしもどこかふすまがすいて、そこからすうっと風がはいってきたというたら、それで防御する力がない。水であれば、凍るのです。 人間の体であったら、それが為にかぜをひくということになるので、この働けば凍る間もなし水車というのは、誠に色々な問題に、これが使えるのでございまして、今度私が、これを財産の方に一つたとえてみましょう。
ある分限者の方が、私のところへうかがいにきました。それは、その息子さんが金を使うのが上手で、大分財産へらした。そこの親御が心配して「実は村木さん、私今まで財産積んできたんじゃけれども、息子が半分以上使いました。どんなに言うても聞きません。どうしたら良いのでしょうか。」と言うご相談を受けた事があります。それで 私は答えたんでございますが、「あんた所は代々お分限者で、もう少なくも百年以上の大きな財産家として続いておいでるんですね。」と言うた所が「その通りまあ、その通りと言いにくいけれども、三代まあまあ不自由なく暮らしておりますんじゃ。」「ああ、そうですか。そら、誠に結構でございますがね。私はあなたのお家のやり方を、今ここでお話しするというと、誠に気の毒でございますから、ゆるの戸に例えてお話をするからお聞きなして下さい。」 「へえへえ。」「内らの川と、外の広い川との間に土手があって、その土手にゆる(いせき)が掛かっとる。その時分に内らの川から流れてきた水は外へ結構出る様にあおり戸と言いまして、ひとりでに自然に戸が開くようになっとる。広い方から潮水がおしてきた時には、自然に戸がたつようになっとる。ゆるの戸がありますなー。」するとその人は、「ええございます。あれはあおり戸、ええ、そうそう、あおり戸、有りますなあー。」「今度は、それと反対にね、内側へ、戸が付いとって、そして入る時は何ぼでも入って来て、出んようになっとるゆるの戸も、ございますなあー。」「ええ、ございます。」「それから差し戸と言うて、上から抜いたり、差したりする戸が有ります。真っ直ぐに」「ええ、有ります。」「まあゆるの戸に、三種類有る訳ですね。」「ええそうでごわす。」「ところが、うち方の三代前からのなはり方を、わたしこう見てみると、内らてへ戸が掛かっとるのでごわへんのか。中々御運のええお分限者ですから、內らへ内らへどんどん入って来る。そして一つも出とらんのでごわへんか。」「一ツもということはなかろうが、すこし位は出とるで有りましょけれども、大体に置いてあおり戸が外へ向いとるのでごわへんなあ。」 暫らく考えていて、そのだんなさんが、「ええ、私とこはしまつな家でごわして、一銭のお金でも二ツに割って使う。これが家のおきてでごわす。」「ああ、そうでしょうなあ。」「するとどんどん水が増してきて、しまいには内らが、一パイ水が田んぼの岸から上へ上がって来るようになっても、外へ水が出ませんと、こう水になりますなあー。 田んぼがとれんようになって。」「ええ、どないしたらこれ抜けましょうに。」私が尋ねた所が、その人のおっしゃるには「そんな時には真っ直ぐに上え差したりする戸がよろしいな」「ええそれがよろしい」「ところがあんたは、真直ぐに抜いたり、差したりなはっておらんでごわへんか。」「いかにもなあー。出すこと好かんのでごわす。これは考えなならん。」「ところがね、むやみに抜いて出したって役に立ちません。世の中の役に立つこと、人の喜ぶこと、あるいは困っておる人を救済する、こういう慈善事業、そういう時に戸を抜いたらええんでごわすなあー。」「やあこれでもうようわかりました。もういにます。もうこれで私とこ貧乏止まりました。」と言ってお帰ったのです。
それからまあ何年にもなりますが、じーっと考えてみますと止まりましたね。さしもの、若いしのごじゃぶろもなおった様です。私は、働けば凍る間もなし水車という話をしよるのでございますが、お金も閉じ込めてしもうたら凍るんです。いる時には大いに出す。いらぬ時には、一銭の金も出さない。これがしまつというのと、ケチというのとの違いです。りんしょくと質素というのとは違いますから、形はよう似とるけれども違うのです。それを私はゆるの戸にたとえて話をしたんでございますが、泉先生は水車にたとえております。働けば凍る間もなし水車。これは、面白い句でございますから、一ツ今の水車、ゆるの戸などをどうぞ一ツ二百一条に書いてあることは、泉先生が、そうおっしゃったのでございますから、お伝えしときます。
どうも適当にという事がむつかしいのです。人の世渡りに、適当に、適当に動かしているならば凍りつかない。こういう事です。まあ理屈から言えば使わないと、たまるようなものですけれども、それは金がたまるのであって、心は貧乏しとるのですから、抜けてしまうのは当然なはなし。そこを泉先生が上手に教えたのでございます。その意味で、二百一条をご覧になったらええと思います。
(昭和三十六年一月三十一日講話)
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第二〇二条 「老人は月日のたつのが早いと言う、子供は月日がたつのが待ちかねると言う。これは先を悲観するのと、先を楽しんで待つのとの違いである。工夫したいものである。」
皆様、あの汽車に乗り遅れて、後の汽車を待つ時間はどうです。同じ一時間でも長うはありませんか。長いでしょう。ところが、面白いサーカスとか、浪花節とか、芝居とかなど見に行っとると、いつの間にやら時間が立ってしまう。あら、早三時間にもなる。あのほん一寸の間と思うたな、こういうようなこと、私折々聞くんでございますが、これはなんでそんなに違うんならと言いますと、この老人は日が立つのが早いと言うのは、又子供は、日が立つのが仲々たたない。こう言うのを子供に聞いてご覧なさい。お正月から、お正月の間が長い長い、私等もためしがありますが、子供の時はお正月中々きません。年がよって来ると、盆と正月が追いかけごっこするんです。 これは、年よりには、悲観説が多いのです。先がつらい。先が短いとか、何とか悲観が多いんです。子供はもう何もかも考えておりません。楽観が多いのです。この二百二条は、何を教えとるかと言いますと、泉先生は年よっても、日に日に喜んで暮せ。先を楽しんで暮せ。そうしたら子供のように楽に日が短いじゃの何じゃの、つらがらいでもええんじゃ、面白うに行けるんじゃ。この日が短いじゃの長いじゃの書いてありますけれども、心の方の悲観をして暮したら、損ぞということを教えてあるのです。子供は楽観しとるから、その間が長あに思うのです。先を楽しんで、今我慢して、しっかり努めておけ。こうおっしゃる。
それが反対しますと、私とこは、昔は良かったんじゃけれども、これはもうつまらんなあと言うたら、もう愚痴ばかりになるのです。ですから、どうぞ年よってもつらいこと考えないように、楽なこと、面白い事ばかり考えていく。
すると若い者も喜ぶのです。それが年寄りのお神楽ちゅうのです。年寄りが、お神楽よう上げなんだらいきませんなあー。若い衆がきらいますよ。若い衆はいつも先の楽しいことを考えて行きよるのですから、それに同調してやる、そして若いしを喜ばしてやる。そういうふうに考えたら、子供は次第と喜んで暮すから良い考えが出て来る。
こういう泉先生が老人をここへ持ってきて、そして日頃どういう気持で暮らしたら幸福かということを教えとるのです。どうですか。あなた方、悲観する人の話と、楽観する人の話は大分違うのですから、楽観する人の話は聞いても面白いのです。
こういう話をする人がある。これは私の知り合いの人ですが、「村木さん、此の間、私、鉄砲打ちにいて中山の池で鴨が一匹いるので、それを打ったんや。そしたらバタバタするもんじゃけん、急いでもう鉄砲ほおっておいて飛び込んで鴨拾ってきたんです。飛び込む時、着物脱ぐん忘れて飛び込んだんです。」中々面白い人です。「鴨が一匹かと思うたら、三匹も向こうでかやっとってね。そして、そいつ引っ掴んで土手の上へ上がってきた所が、洋服のポケットがはね回るんです。どうしたんかいなと思って手を突っこんだら、ざこが入っとったんです。こらもう 今晩はうまい事ごちそうが出来たと思うて鉄砲拾おうと思うた所が、その飛び込んだ前に鉄砲ほおったんで、兎が昼寝しとる頭へ鉄砲かちつけて兎が伸びとって、まあようけな猟しましたので。」こういう話をするんです。いかにもうんのええ話、けれどもその人の家庭みますと、そんな話なはる位な人ですから家は誠に円満で裕福で、日に日に伸び伸びと暮らしておいでる。
又、つらい事言う人も有ったんですが、その人はね、何でも辛いと泣くんです。「旦那はん、今年ようけ取れまして米が十俵も取れました。」「これが毎年続く事でごわひょうかなあー。来年ききんで有ったら詰まりまへんが。」
そんなこと言うんです。どうです。あんた方、この二人の人の話を比べてみたら。先の人は話だけでも勇ましいでしょう。一匹かと思うたら鴨が三匹も、上へはい上がってきたら、ポケットの中でざこがはいっとった。鉄砲放ったら兎が伸びとって、まだおまけに添え物があるんですわ。兎が痛かったんか知らん足を跳ね回したんで、山芋を蹴り出しとったん。もう、まあ、面白い話をする人。どうぞ、私は、泉先生のここに書いてある二百二条の問題は、お話をしても、人が聞いてもつらがるようないやな話をするなということです。勇み立って、勇気の出て来る様な、面白い話をして暮せ、その方が得だと、こういうお話ですから、どうぞ二百二条は、日々の暮らしを喜んで暮らすというようなお考えになったらよいと思います。
(昭和三十六年一月三十一日講話)
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第二〇三条 「人の生活をとおして、神のありがたみを知るのが本当の信心である。理屈や理論で神のありがたみはわからぬ。」
昭和三十五年度という年は、随分よく荒れた年でございまして、この政治界の荒れ方、あるいは一般教育界の荒れ方、随分ひどいんでございますが、これは一口でつづめますと、心のしけでございます。心に大きなしけがしたようなものです。たとえば、道徳というのが、我々が小学校時代には、忠義とか、孝行とかよく言いましたんでございますが、近頃になりまして、子供に忠義とか孝行とかいうことを尋ねてみると、ほとんど話題が少ないのです。こういうふうに世の中が変わってまいりましたんでございますが、社会的問題としましては、子供はよく学校で教えておりますけれども、道徳とか、宗教とかいう事になりましたらもう全然、明治、大正時代に比べましたら話になりません。
今日お話いたします事もそういう事が出て参ります。
「人の生活をとおして神の有り難みを知るのが、ほんとうの信心である。理屈や理論で、神の有り難みはわからぬ」
こういう事を書いております。すなわち、今お話し申す通りに心のしけがあったのでございますから、信仰言いましても大分違います。この二百三条に書いてあります事は、神仏の有り難みは、どこでそれを悟るかと言いますと、人間の生活、人の生活という事を中心に、それを通して神仏の有り難みという事を感じるのでないと、宗教は宗教、人間は人間とこう別になります。その事を、ここに書いてあるのでございますが、たとえば、宗教の方では、神さんは全智全能であって、いかなる事でもできる全智全能のお方である。という事を書いてありますが、しかし人間が、その全智全能の有り難いお方を拝む、そして自分が願をかけるとすると、どんなお蔭があるんなら。こういう事になってきますと、それはやはり人げんの理屈でありまして、神様とは別々になる訳です。これがいけない、そういう事ではお蔭は受からんと言うのが、泉先生の教えでございます。
今、神さんとしてまつられておる方は、すべて人間であった訳なんで、神さんには三ツ通りがございます。これは私があんた方によくお話しした事なんでございますが、法身仏、法律の法の字書いてあります。これホッシンと読みます。法身仏、それと応神仏、それともう一つは報身仏、その報は、報知の報の字書いとります。神様には三体ある訳でございますが、この法身仏という方は、姿も無ければ人間でもない。そういう方を、天地宇宙の精霊をおまつりしたものが、これが法身仏。応神仏、というのは、お釈迦さんのような方、弘法大師のような方、肉身であって、そうして神仏の所作をなさった方。報身仏というのは、その応神仏の方が、神仏の代理となって働いた場合に観音様であるとか、あるいは弥勒様であるとかいう、お名前で出て来る訳なんであります。法身仏のお働きが、色々方面を変えて出ておいでになる方、これを報身仏と言っております。要するに、この三体ありますけれども、我々はほんとうに直接お蔭にあずかっとるのは、応神仏なんです。釈尊や、弘法大師が肉身でありながら、その神仏の所作を我々に見せて下さったのですから、その点から言いましても、人間の日に日にの生活の上に、神仏がどういう風にして下さった、こういう風にして下さったという風に、人間の生活を通して神様の有り難みを知った。と言うんでありませんとほんとうの信仰でない。こう泉先生がおっしゃっております。
(昭和三十六年二月十五日講話)
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第二〇四条 「世の中に迷信と言うて、排斥している事もあるが、迷信でも福を得ればよし、迷信さえもせぬ人よりは幸福といえる。」
正信と迷信とはどれだけ違うか、こういう事になりますと、よほどこれはむつかしい議論でありまして、中々一朝一夕にこれが正信である。これが迷信であるという事は言えないような、境が入らんような問題が出て来るのです。
この迷信という方には色々、犬とか、猫とか、へびとか、人間界でない所の人が働いて、人間界の方へ色々徳を付け、あるいは害をしたというような事を言うのが迷信に多いのでございます。そんなら、へびや、猫は、そんな事は信仰の内に入らんのかと言いますと、全くそうじゃないのでありまして、お釈迦さんの教えは、生物はお互いに考え方が我々と同じである。こういう風に平等の見方をしておるのがお釈迦さんの教えなのでございます。泉先生も、その通りでございまして、見ようによりますと迷信にごく近いのです。
弘法大師や泉先生のような偉いお方は、直接犬とか、猫とか、へびとかを、その名前でもって人間に教えなさっとるのが、ほんとうの真理なんでございます。けれども、ただ、へびとか、犬とか、猫とかいう名前から言いますと迷信によく似とるのでございます。
一例を上げてみます。私の方での問題でお話してみましょう。私が泉先生とこへお参りしておりました所が、先生が、「村木さん一寸おいで。」とおっしゃるもんですから、私は先生のかたわらへ参りますと、「村木さんなあ、あのあんたとこに、沢山へびをたすけたんじゃが、その蛇がお前さん所の孫子末代までも守ろうと言うておる。そういう事言うても、人間界にはわからん。へびが そんな事するかいというような事よく言う人があるのでわからんが、そこで私は、その蛇の方から頼まれた事を、お前さんに話しをする。あんたとこに、今男の子が六ツになるかい。」 ちょうど、私の今撫養へ行っとるのが六ツの時でありましたんです。「はあ今六ツのがございます。」「この子が、もう三日したら、はしかになるぜ。大熱が出る。その時にたすけられたへびが大勢出て来てお助けをするから、今から話をしとく。」先生からこういう話があったんです。「そうでございますか、有り難うございます。」と言うて、私は、讃岐から帰ったのでございます。しかし病気をするという事を先に言うと皆が心配すると思うて、私黙っておりました。けれども、心の内で先生がそうおっしゃるんですから、考えておりますと、ちょうど三日目の晩ですね。 にわかに大熱になりまして、お医者さん呼びまして、熱を測ってみると四十度有るんです。医者がびっくりしましてね。「これは何の熱であるか、初発であるからわかりにくい。けれども、大抵はしかだろうと思う。」というので、手当してくれまして、熱さましくれて帰ったんでございますが、そのお医者さんが帰った後で、子供がこう言うのです。「お父さん」と私呼ぶんです。で、へやへ行ってみますと、「あれ見ない。まあ天井や、あのなげしの上や、あの障子から、ふとんの上、ふとんの中へようけ入ってきた。へびがようけおる、どうぞい」といって、指さして言うのです。私わかりません。私の目にはわかりませんが「お前さん、へびがたくさんおったらこわいかい」って聞いたら「こわくない。一ツもこわくない。皆、お熱をくわえて持っていんでくれよる。すぐに直る。」そう言うとるのです。その子供の言葉、並びにその子供の目に写るヘび、これは、もう正直に写っとるのです。でまあ子供はそれで喜んでおるんですから結構だなあー。言いよるうちに子供の事で眠りました。そして、あくる日の朝になりますと常の通りです。お医者さんびっくりしてしもうた。ああ、早う、ようなって良かった。三日はしかや言うのはあるけれど、こんなに直る子は少ない。お医者さんは大変不思議がってくれた事がありました。
これ等も形から言いますと、へびが人をたすけた、そんな事あるかい。こう言います。世間ではよく言います。
私もそういう事よく聞きますが、なるほど自分が前もってそう言う事言われて、言われた通りに、そういう事が実際にあった。そうして又、子供がそれを見てすぐに直る。お熱くわえていんでくれよる。こんな事言うのに合わしますと何とも言えぬ、そこに感じが起こるのです。こら迷信とは言えません。どうですか皆さん、あなた方がそう言う事にお会いになったら、もう迷信じゃの言えないでしょう。そこを二百三条に先生がおっしゃってある事に思い合わしまして、人の生活を通して神の有難みを知ることができます。
二百四条に、世の中の迷信と書いてあるでしょう。人間の生活を通して、神の有り難みを知る。ここではへびの有り難みを知るこういう事になるのでございますが、このへびと言う事をただしてみますと、どういう事かと言いますと、元々へびを寒い時に石垣を繕うたんでございますから、出てきたのが皆凍えて死にます。それを私は、凍えんように暖めて、そうして新しい石垣が出来た所へそれを放したんでございます。向こうから言えば、うれしかったんですね。そのうれしいと言う所の感じです。これが、そもそも信仰宗教なんでございます。で、へびと言うた所で、神と言うた所で、仏と言うた所で、道理は一緒でございまして、これを迷信とは決して言えないと、こう言う事になる訳でございます。
迷信と正信というのは、こういう風に区別が付かないのです。で、下等動物と言いましても人間に色々と働きかけて来るもんでございます。あれにも心があります。しかしながら、この心が無いものはどうなるかという事になりますが、心が有るものと、無いものと、どんな区別が有るかというと、非常にむつかしい事になるのです。その点を一応お話し申しておきませんと、この二百四条はわかりにくいのです。
それでいつも私がお話申す通り、人間の一生をズーッと昔へさかのぼって行きますと、いくらさかのぼっても親が有る訳です。お父さん、お母さんが有る訳です。幾ら何千年さかのぼっても、何万年さかのぼっても有る訳です。又、何億年さかのぼっても有る訳です。しかしながら何億年もさかのぼりますと、も早そのお父さん、お母さんと言っている方が、今日人間として言っているお父さん、お母さんと言っているのと型が違います。四ツ足が有って、尾がはえておる。そんな時代がお父さん、お母さんには有ったんです。又、ある時は川の中で泳いどるような形の時もあったでしょう。結局、何十億年昔にさかのぼって考えてみますと、も早目にかからんほどの小さく、顕微鏡で見んならんほど、小さなご先祖になってしまうんです。それなら、そのご先祖どこからきたのかという事をせんさくいたしますと、結論が火の玉になる訳です。元、土地が火の玉で有った。それが冷えてポツンと出てきた人が、大ご先祖でございますから、つまり親御が有って生まれたんでありません。土地そのもの。火の玉そのものが、時を得て生物になった訳なんです。
そういう事から考えますと、砂粒あるいは土の中へも、天地の心はこもっとる。草木にも無論こもっとる。動物には無論の事、こういう事になりますと、泉先生が石を見ても、その石がものを言います。竹切れでも、ものを言います。草木は言うに及ばず、生物は無論の事、こういう事になりますと、お大師様とか、泉先生とかいう人によって、 すべてのものは死んどるものは何も無いという事です。
これは泉先生に見ておもらいになった方も有りますから、おわかりになるでしょうが、まあ一例を上げてみますと こういうなのがあります。時計をポケットへ入れて、先生の所へ見てもらいに来た若いし(若者)が有る。「お前さん左のポケットへ入れとる時計があるなあー。」「へえ、時計持っております。」「その時計は叔父さんからもろうたんだろう。」「へえ、もらいました。」「その叔父さんはなあー、南洋で船に乗っておる。」「へえ、その叔父は 遠洋航海の船に乗っています。」「所が近いうちに叔父さんの方から、おいとまごいにお前さんの方へ行くぜ。叔父さんは、とうにお国替なさっておる。まだお前さんとこへ便が届いておらん。」こういう風に時計一ツが、早もう、もの語るのです。そしてその後に、その若いしが帰りました時に、南の方から便が有りまして、叔父さんは南の航海中に亡くなったという便が有ったと言っていました。こういう風に、時計一ツでも。ものを言います。木切れも、ものを言う。竹切れも、ものを言う。ああいう人になりましたならば、すべての物に霊がこもっとる。その霊がこもっとるのを受け取って、人界に伝えるんでございますから、死んだもの何も無いという事になる。
こういう点から言いますと、迷信と言えないようになるのです。言うた事、少しも間違いがありません。ですから、お大師様がおっしゃった事や、泉先生がおっしゃった事には、形は迷信によく似ておるけれども、恐ろしい事には、 それがそのままに間違いが無いんでございますから、迷信と言えないようになります。けれども、出たら目な事言うて、犬やねこがとり付いたじゃの、さわったじゃの、どういう訳でと言うたら、その訳さえもわからんような人が言いよるのは、あるいは迷信が中には入っとるかも知りません。ですけれども、迷信と正信とは区別が付かんのじゃとお考えになってよろしいんでしょう。でたら目な事を言う人がある為に、迷信と言う事は、排斥せねばなりません、
けれども、どれもこれも迷信として犬やねこやの事、排斥するという事は言えないわけでございます。
これは以前にもお話いたしましたけれども、津田の泉先生の所へ若いしをなわでくくりまして、そしてかいてきたのが有るのです。私もその横に居合わせとりましたが、その若いしは、いつもねぶかと、貝がらのくずをかりかりといわしてかむのです。ご飯食べません。それで気が違うとると言うて、先生とこへ連れてきたんでございますが、先生がお拝みになりました所が、「ああ~おばさん、これはなあー犬がここへ来るがなあー。あんたところの去年麦の土用干しした時分に、小さな犬が麦の中へ走り込んできて、おしっこしたと言うて棒でたたいたら、死にはせえへなんだか。」「へえ、死にました。」「その犬を泉の横の方へいけておいて、その上にねぶか植えてあるではないか。おばはん、その横に貝ボタン取った貝殻のくず盛り上げてある。」「へえ先生その通りです。」「ほなここに、その犬の子がもの言うけん聞いてみなはれ。」それから、先生が犬の子の声になるのです。「私は、夏の暑い日に麦の中へ走り込んで行って、こらぬくい、ぬくいええとこじゃと思うて、おしっこしたらたたかれました。そして泉の端へ、ぃけられとります。」こういう風に、先生が犬の子の代わりにおっしゃるのです。すると、形から言いますと犬がもの言うかい。なんでさわりゃ。という事になる訳でございますけれども、それでは人が助かりません。で、おばさんが「先生あんたのおっしゃる通り死んだもんですけん、犬の子ですけん犬死にって人が言いますけん。泉の横に畑があるけん、そこへ持って行っていけましてない。その上へ、ねぶか作っています。先生、その犬が取り付いたんですか。」「いや、取りついたんでないよ。こういう風になっていけられておるから、どうぞたすけて下さい。私は、この子の病気直します。」こう言う事を言う。さっそく、おばあさん感心してしまって、「ほな先生、帰りましてすぐにお言い訳します。」「おばあさんなあ、これは取り付いとるんでないんで、それをお寺さんへでもお墓の横へでもいけたったらええんじゃ。」無い物として、上へねぶか作ったりするけん、神さん仏さんが、生物と言うのは死んで消えるものではないという事を言いよる。「叔母さん、これお蔭ですよ。お蔭受けたん。つまりすべて世の中の生きとる者は、お互いにたすけ合うたら、大きな功徳になるもんじゃという事を教えてくれよる。」「ああ、先生、そういう訳ですか、取りついとれへんのですか。」「ええ取りついとるのと違うで。これでおばはんどうぞい、犬でも猫でも皆生きとる者は、お互いたすけ合いと言うのわかるだろう。」「ええわかります。そんならもういんで早速いたします」と言うておばあさん先生のおっしゃる通り、そこをおがしてお寺はんへ持って行ったんでしょう、すぐ直りまし た。先生がそう言うた時に、なわでくくったなわ解いて、あわしゃこの間のうちなわでくくられて、困ったと言うて、たもとの中へ入れとる貝がらも、ねぶかも、そこへ出して捨てました。こういうのを、私横で見ております。ですからして、そういう間違いのない事を先生がおっしゃって、おたすけになっとるのです。もしそういう事がわから なんだらたすかりません。
こういう事から考えますと、犬がもの言うたって言うけれども、犬が何しにもの言やあと言いますけれども、それはそうでない。犬の霊がものを言う、先生にものを言うてもろうたという事になるのでございますから、迷信と言う事は、すべて排斥してはなりません。迷信迷信と言いよる事に、ほんとうの信仰がたくさん入っております。中には又ほんとうの迷信も有りますからね。これを間違わんようになさらんといけません。私は、迷信と言うものは無いというんではありません。迷信も有ります。有りますけれども、この泉先生が人だすけに使いなさったへびとか、犬とかいう事は決して迷信でないのです。すべてのものを迷信として排斥したらいかんというお話なのです。
(昭和三十六年二月十五日講話)
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第二〇五条 「我という者は、肉体に通っているものである。心という者は、天地に通うているものである。その心というものは肉体に即して働くものである。肉体は又、心の働きにより生きるものである。それでわれというものが、神に通えばご慈悲がわかるものぞ。」
我と言うものは肉に通うとる。肉体に通うとるものだ。我というものをのけた心というものは、天地に通っとる。こういう事なのです。一寸むつかしいですけれども、それで、心という中に二ツ有ります。我という心と、天地に通うとる心と、この二ツある訳なんです。我と言う心を我がよかったらええ、人はどうでもよいという。その我と言う性根をのけてしもうて、天地に通わしたら、ほんとうの神様のお蔭が授かると言い直してもよいのです。これは一寸むずかしい事でございますけれども、わかりように言いますと、人間のこの心です。心に二ツありますが、あんた方わかりましょう、どうですか。これ、こういう事やったらええかいな。悪いかいな。と言うた時分にええとか悪いとかいう判断を聞かしてくれる心が有りましょう。どうです。これはむっかしいお尋ねの仕様ですけれども、心に二通り有るのです。普通、学校あたりで先生方が言うのには、その間違わん事を教えてくれるのを、良心と言っております。そうして好きにしたい心を、我がまま、我心と言うております。これでおわかりになりますか。
仏教の方では、これを二ツに分けまして、我心すなわち人間の心、もう一ツは仏性とこう言うております。それでいつもそのわがという心、我心というのを解剖いたしてみますと、何かというと欲でございます。わが身よかれ、わがうちよかれ、何にでも我が付いとるのです。わしゃ損じゃ、やれ得じゃ、こういう風にわが身だけにか使わん所のわがというのが、これが人間の我でありまして、そのわが良かったらええというわがをのけますと、後へ残るのは仏性・神・仏に通う心が残るのです。ですからあんた方が常々信仰なさる上に、この心の中には二ツ有るのです。
で、一ツの心というのは神仏に通う、一ツはもう我がの損得ばかり考えとる、こういう風にご覧になったらよろしいのです。それで信仰する上には、自分というのをのけて考えるのです。私がこういう事したら、ご先祖が喜ぶだろうか喜ばんだろうか。人が喜ぶだろうか。怒るだろうか。こう考えて、人が喜ぶ、ご先祖が喜ぶ、神仏が喜ぶという判断がつけばよろしいのです。もし自分が考えて、これは得じゃと思うても、それが神仏に通わんと、人が怒ると、 こういうような事考えた時分には、それはせん方が良いと、こういう風にお考えになるのがよろしい。
心の中に仏性というのがあって、たとえば鏡のようなものであって、それが写るのです。いかなる悪い事する人でも、良い悪いはわかるのです。その証拠には、悪い事する時は隠れてします。どうですか。もし、あれ子供のように区別が付かんのであったら、人前でも平気で悪い事すべきはずです。犬や、ねこがそれなのです。人の前で何もはばかる事なく盗みもすれば、欲もするし、どんな事でもやります。しかし人間は、ここに神仏に通う心を持っていますから、良心という仏性を持っていますから、それで良い道と悪い道と判断が出来る訳です。
それでこの二百五条というのは、長あにむつかしく書いてありますけれども、短かく言いますと、胸に手置いて神仏にこれは通るかな、通らんかなと、そして通ると思うた時には、してよろしいとこう言うのです。私は、仏性に尋ねて仕事するのが、ええとこう申すんです。
昔、柳生十兵衛というえらい剣法の先生がありました。それから山中鹿之助こういう人は、物事する時分に、ご主人おいでるで、御主人御主人とこう呼ぶのです。ご主人というて呼んで相談するのです。ご主人と言うが、いるのではないのです。心の中です。そのご主人というのが仏性なんです。あんた方もそういう事をお考えになったらよいと思います。
(昭和三十六年二月十五日講話)
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第二〇六条 「牛の飲む水は乳となり、蛇の飲む水は毒となる。」
同じ水でも飲む者によりまして、牛が飲めば乳になってくる。へびが飲めば毒となるということでございます。 へびがねずみをのみます。そうすると、腹の中へずーっとはいりましたら、先の方から先の方から消えてゆくものです。又、あなた方がさかなを料理するときにも、ご覧になるだろうと思いますが、まるたでぐーっとのむ大きな口のさかなでございます。たとえば、なまず、それからせいご、こういうなのが、ほかの魚をのんでいるのです。その胃袋の中へはいっていくと、はいるだけずーっと消えとります。これは料理なさる人がごらんになっただろうと思いますがあれは、胃袋の中へそういうものを消す薬がでよるのでございます。ところがおかしい事には、胃袋もやはり肉です。たべた魚もやはり肉です。にかかわらず、魚はきえるが胃袋はきえない。これは妙でしょう。ここにいわゆる生命の力、もう一ついいかえますと、宇宙の神仏の力がこもっとる訳なんでございます。やりこい胃袋が消えずして、かたい後からのんだ物がきえてしまう訳です。
その事をここに書いてありますが、これは一つのたとえでございまして、なるほど同じ水でも、牛が飲めば乳になる。同じ水でもまた、へびが飲めば毒になる。こういう事なのでございますが、これをほかの方面でお話ししてみますと、人間に知恵というのがございますが、この知恵があるために人間は、こういう人間界というものをつくりまして、外の動物、それを征服してしもうたわけでございます。今から何億年前には大きな動物がおりまして、人間等は、もうあちらの岩のかげへかくれ、こちらのいわのかげへかくれ、もうかくれまわっとったに違いないのです。その大きな動物は、今日、化石になって出よりますが、ずい分大きな骨でございます。どうせ、あの骨のかっこうからいいますと、おそらくへびなどは四斗樽どころではございません。大きなあの酒屋のおけくらいの胴があったらしいのです。そこへもってきて、人間は、やはり今日の人間よりもまだ小さいくらいでございます。原始人といいまして化石になって、出よりますのをみますと、今日の人間よりも、むしろ小さいくらいです。
こういう動物が繁殖しておりました時代に、人間は他の動物よりも知恵があった訳でございます。物をしるという力、感じるという力が強かったのです。ところが、ほかの動物にも感じるという力があります。目で物を見る。あれは何だと、知る。けれども、人間は特に世話なった、恩になったという事を感じて、これをお返しせんならん。恩になった事をお返しせねばならんと、こういうところの報恩の力、これが他の動物と違いまして、あったためにいろいろと、ますます知恵が授かって、その知恵の力によって人間界を形成した訳でございます。
ところが知恵というのもです。同じ知恵なんでございますけれども、自分の身を犠牲にしてでも、人の方を助けようというのも知恵でございます。又、世の中はどうも強い者勝ちだと、弱肉強食の世の中だと、弱かったらつまらん 負けよっては つまらん。とにかく 勝たねばならんというので、その方へ力を入れたのが動物です。見てごらんなさい。人間に何か武器がついとりますか、歯というたところが、ご承知のあまり威力のない歯、爪と申しても背中かくぐらいのつめ、すべて人間の体には、武器として人をいためるようなものはついておりません。これが敵を害しないという証拠です。ところが他の動物になりますと、強い者勝ちで、弱くては世の中へ立っていけないという証拠には角を持っている、あるいはキバをもっている、又鎌のようなつめをもっている。こういうふうに、体に何か武器をそなえとります。人間は武器をもっておりません。かわりに知恵が他の動物よりもついておる。それでこの同じ水でも牛が飲んだら乳になる、へびが飲んだら毒になるというような物で、同じ知恵でありましても、いためてやろうという知恵は、益々自分の世界を狭くしている。ともかくも共存共栄の世の中であるからして、共に助けあっていかねばならぬというところの知恵を使った者は、人界としてこのとおり栄えた訳です。
それで、いかに世の中で強いと申しても、百獣の王というあのライオンでございますが、この野原で自由に暮らしとるというところは、地球の上ではごく狭い、アフリカあたりのあの原野に、ライオンは放れとりますけれども、そのおる区域は狭いのです。ほとんどが鉄のおりの中へいれられとる訳でございます。とらにしましてもそのとおり、象にしましてもそのとおりで、ああいう強い力をもっとりましても、人間が自由にしております。こういうふうに、 知恵でも使い方によりますと、益々自分の世界を狭くする。ここで泉先生はおっしゃったのです。 私よく聞かされましたが、「村木さんよ、この水でさえ、牛が飲んだら乳になって出てくるんだ。へびがのんだら飲んだものを消してしまう毒になってしまうんだ。で、水が悪いのでもなんでもないのだ。同じ物なんだ。それをいかに使うかということじゃ。人間は他の動物にくらべて、何が違うかというと、恩に感じるという事だ。恩を忘れた者は同じ人間仲間でも、下等動物と同様に世の中からしめ出されてしまわれる。これを気をつけないかんで」と、私言われたのを覚えておりますが、この二百六条はそういう大事な事を書いてあります。
ただ今私が知恵ということを言いましたが、なかなか学問も大変大事な物で、世の中を便利にいたします。ところがこの学問、同じ学問でありましても、又世の中をそこねる学問があります。学問そのものは水みたような物でございますから、その使い方によりまして国を富まし、あるいは国を滅ぼすということに成りよる訳です。今日のご承知のミサイルとか、ああいうおそるべきたまでございますが、土地から打ち上げて、そうして、そのうちあげた土地から電波でもって、その飛んでいるたまを操縦して、好きな所へ落とすという事も学問から出来たわけです。
けれどもこういう原子力を使って世界一周をしております。この間も新聞に出とりましたとおり、アメリカの潜水艦が、地球を一回転するのに燃料を積まないでも、まだまだ余るというんです。然も水の中をくぐって世界一周したわけです。ほとんど上へはあまり出とりません。こういう力ができます。これは戦争でございますから、ああいう物を使って戦争した時分には、もうとてもここが安全地帯だという所が、地球の上にはないようになります。どこへ隠れてもいけない。山の奥へ隠れようが、穴掘っておろうが、もうしかたがない。
けれども、そういう力を人間の幸福を増すために、使えばたいへんな便利な物でございまして、どんな大きな電力をおこすのでも、あれでやれば訳ない。すなわち学問でも使い方によりますと、世間中の人間皆殺しにでもできる、また使い方によりますと、非常に便利な事ができる。こういうことになる訳です
この土地の上に、はじめて火をもやした時分に、この以前もお話し申しましたのですが、河原のはたで大勢集まりまして、そうして石をかちかちうっていたところが火が出た。それががまの穂にうつって燃えだした。これが火をこしらえた初めです。それからいろいろ火を焚いて、火の力によって仕事をさす。こういう事になったのでございますが、その燃料になる物は一番最初木であった訳です。その次には山から掘りだした黒い石が燃えるというので、それをよく使いました。これが石炭でございます。ところが木とか石炭とかいう物は、限度がありまして、土地へうまっているのですから、ほってしまえばもう無いのです。それから、重油というのが土地からふきますが、これ等も元、木であった物が、その木のやにの油が土地の下へ埋まって、ああいう油になっとるのでございますが、これも限度がありまして、それをくみ出してしまえば、もう燃料はないのです。
それから今度は電気にかわってきました。燃料が、水の力によって電気をおこして、その電気の力で機械を使う時代にかわってきました。これは皆さんご承知のとおり。だんだんと、火の力が木や石炭が、今度は液体の燃料、油にかわってきた。その油が、今度が電気にかわってきた。こういう順序になっておりましょう。それが今度は原子力にかわってきた訳です。こういう風に電気とか、原子力とかいう事になりますと、土地の下にうまっとる物がなくても結構です。無尽蔵に製造ができるわけです。
こういう風に学問というものも、たいへん人間の生活を非常に便利にいたします。しかし、つかい方によりますとそれこそ、戦争にでも使うならば、ほとんど地球の上、死がいで埋まるというような戦争になるかもわかりません。
それはおそらくないでしょうが、皆命がおしいんですから、おそれてしないでしょう。けれども、使い方によれば、そういう危険な物です。
またこれは学問の話をしたんでございますが、こんどは思想です。人間の心です。その心の使い方という事についても、おもしろい話があるのでございますが、矢矧の橋の上で、秀吉と五衛門とが過したというんです。その時の二人の思想は、秀吉は天下をとろう。天下を治めよう。戦争ばかりして、皆が切り合いしよるのは、こいつよろしくない。治めてやろう。そして天下をとってやろうという望みがあった訳です。秀吉には。五衛門は、またわしは、そんな将軍になったところでどうも仕方がない。それより一つ働かんと、もうけてやろう。秀吉と力くらべやってやる。 そうしてとうとう一つの術を使うて、宝物をとってくる。それで五衞門も名をあげましたが、同じ人間の心の考え方も、世を治めて、戦争をないようにしようというのと、そんなうまい事せなくても、働かんと、ちょうだいしましょうという五衞門のような考え方、同じ心の使い方でも、使い場によりまして天下を治めるところの将軍になり、一方は盗人の親分の五衞門になったと、こういう風に同じ心の使い方でも、そういう風にかわってくる。こういう事を泉先生が、面白うにお話なさったんでございますから、どうぞこの所をあなたがたお考えになり、なるほど、金使うてもそうだ。使い方によると毒を流す。使い方によれば世の中を益する。こういう風に何事にでも、すべて使う所の精神が神仏の教えにしたがうならば、これは結構だ。悪魔の所作に従うならば、これは地獄だという事をお考えになったら泉先生がお喜びだと思います。泉先生はこういうお話をなさいました。
(昭和三十六年二月十五日講話)
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第二〇七条 「神にお礼をすると、世間の人は一口にいうが、ほんとうのお礼が申せているか考えてみねばならぬ。人は生まれながら神様から口にもいえぬほど宝物をくれてある。この大きなご慈悲を一々事に当たる度に理解が出来てこそほんとうのお礼がいえるのである。」
徳島県ではあまり神様にお礼するということをいいません。お参りするという。讃岐へ行きますと、お参りすると言わずと、お礼するといいます。いずれも同じことで、お礼するということを口にいうが、ほんとうに神様の前で、 お礼が出来るだろうかと泉先生がおっしゃったのはここなんです。神様の前へいくと、お礼をいう。お礼というのは お世話なっとるということを知らねばお礼が言えぬわけです。ご恩になっておると悟って、そこで初めてお礼が言える訳です。ここを泉先生がおっしゃったので、どうぞ神仏は、我々にどれだけお慈悲をかけてくれているかということを常に知っていないと、お参りした時にお礼がいえんのじゃないかと泉先生がおっしゃったのです。
このご恩、神仏のご恩という事は申せば非常に沢山なことでございますが、何一つとしてご恩になっとらん物はないという考え方があります。もう一ついいかえますと、死ぬということでも、これは神様が人間にくれてあるので、 助かっているんだと思ったときは、ご恩はたいしたものです。むろん幸福にして下さることはお慈悲に違いありません。ご恩に違いありませんが、死ぬということを皆さん嫌うでしょう。死ぬの好いとる人ありませんが、もし、この死という物が無かったらどうでしょう。お考えなしてごらんなさい。人間界は実に憐れむべき結果になってきます。
どうしてかといいますと、もし死なないとするならばどうですか。仕事せいでよいでしょう。仕事しないと食べられん。しかし食べなくても死なんのですから大じょうぶでしょう。そうなってきますと仕事しません。今日はいろいろな学問を勉強して、日に日に生活を便利に便利にとつとめていますけれども、苦労した人が、いろいろな事を研究して、発明したりしたんでございますが、そんな苦労せずとも、食わなくとも死なないのだというので、日なたぼっこして、あしこにも寝ている、ここに寝とるということになるのは明らかなことです。仕事というのは苦痛なものです。どんなにしても死なないのなら、そんなに着物など着なくてもええ、裸でおったとて、かぜひいたとて死なんのだからと、こういう事になりますと、戦争もないようになります。で戦争したって勝負つきません。鉄砲うったって死なんのですから。
そうすると平和なように見えますけれども、その平和は、ほんとうの平和でなくて、それはもう、どうせけんかしたって勝負がつかないのだからもうやめようぜという、引っ込み思案の平和になってしまいまして、人界は何一つ進歩するものがありません。次第しだいと退化しまして、あちらにも、るんぺんみたようにどろどろ寝とる、こちらにもごろごろ寝とる。寝ていても死なんのですから、無論、死なないのだから苦痛はないのです。こういう風になって次第と人界は衰えまして、しまいには家もいらない、家やなんすりゃ、そんな物雨つゆに打たれたって、病気もせねば死にせんのやと、こういう風になりますから絶対に進歩という事がありません。そうして、死なんという事になりますと生まれるという事もなくなるでしょう。死ぬから、生まれるんです。
生と死は同じ物でありまして、もし死なんというならば、生まれるという事はないはずです。おそらくこの世のいき物には、死ぬという事がありますから繁植する、もえるという事があるのです。生まれるという事があるのです。
それで死という事がないならば、生まれるという事もありません。それはいつまでも、同じ人間がずーっと生きるのでございますから、とてもつまらん世の中になってしまって、ほんとに何と申してよろしいか。悪い事もないが、よい事もないのです。もう無理に、夜、金を盗みにいったりしなくても死なんのだから、もうあれもありません。 戦争もなけりゃ、地獄もありません。うばい合いしなくてもよろしい。死なんのですから。そのかわり、その人間社会は、次第に衰亡してしまって、もう下等動物におちぶれてしまいます。だんだんとおちぶれて、虫けら同様になってしまいます。こういうあわれな境遇になる事は、はっきりしております。あなた方一つ、想像してごらんなさい。
死なないとどうなるかと、こどもは生まれやしまい。子供が生まれないとどうなるか。人間の世界に何にも楽しみもなければ、苦痛もないとこうなってきますと、下等動物にだんだん退化していく事は、あきらかなものです。死あってはじめて、ここに人間の喜びという物も生まれてくるし、楽しみというものもできてくるし、また張り合いができて、物が進歩する。すべて死をもって、尊いとすると、こういう結果になる訳でございます。 ですから神様は、そこまでかわいがってくれるという考え方がある訳です。で「死その物さえもありがとうございます」と、これでこそ我々が幸福に生きているといえる訳でございます。先生は、そういう徹底したお考えをもっておりました。学問も何もないお方でありますけれども、死というのがありがたいもとになるんぞとおっしゃったのはここにあるのです。
(昭和三十六年二月二十八日講話)
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第二〇八条 「黙々として自ら働く、これを大という。この働きにして私なければ、天地これに応ず、これを神のご加護という。」
先生は、文字はお知りなさらんのですけれども、だれに聞いたんか、こういう事をおっしゃっています。だまって働いて、もう理屈もいわな、せっせとして働く。これを大というんだ。つまり大人物の大です。それは人という字をかいて、その横にぼうひっぱって、水平線から頭がでておるというのです。まあ水平線の一つぼうひっぱります、そこへ人という字かいてごらんなさい。その棒より頭が上へずぬけたんが大の字、泉先生こんな事おっしゃって笑った事があります。先生字をよくお知りなしとると思って感心したんでございますが、黙々として不足をいわんと働く人をこれを大人物というんじゃと、どうです。そういう人が沢山ありますか。ほんとに働くという事を楽しんでいる人です。働きその物を喜んでいる人です。これはあります。そういう人は、これは国の宝です。そういう人は大の字をつけるんだ。ところがそういう人で、私心といいまして、わたくしどころ、すなわち個人主義というのがなかったら、 神様がそれを守ってくれるんじゃ。天に通うというんじゃ、そこでまた先生がおっしやる。大の字の上へぼうひっぱってみい、天道まで頭がつかえたら、これ天という字じゃと。私大笑いしたことでした。先生、よく字をお知りなしとんな。知らん知らんおっしゃっても、あんな事おっしゃると思うた事があります。
なるほど大の字をかいて、その上へ一の字を横へひっぱってごらんなさい、これ天とはんという天とはんへ頭がつかえる、天とうはんが加護してくれよる、これを天のひいきをもろうた人というんだとこういうのです。ところがまた、それを間違って、人間が神さん仏さんを思う、神さん仏さんやあるか、やっぱり人間は人間が考えないかんわとこういうて神仏を無視する。すなはち天を無視するんです。そうするとただの凡夫になる。また先生がおっしゃる。 「天の字の所へ人間の頭ずっと上へずぬけさしてみなさい。凡夫の夫のじになる。」どうですか、あんた字をかいてごらんなさい。天の字のその天とはんの上の棒の上へ、この人という字の頭を上へぬけだしたら凡夫の夫の字です。
こういう風に黙って、もうわき目もふらず働く人を大人物というのである。そうでしょう。忠臣蔵でも由良之助のごとき人、名誉も地位も財産も振りすてて、ただもくもくとしてご主人を慰めることばかりに、人にけいべつせられても、意に解しない。黙々として、働いたでしょう。これは大人物です。そうすると神さんが加護してくれる。すなわち天へ通じる天の字になると、またまん心してしもうて神さん仏さんをないがしろにするというと、今度ぶり、それが上へずーっと、人間の頭が上へずぬけますから凡夫になるわけで、そういう事を、この二百八条にかいてありますので、先生はこれをお笑いなさりもってお話しなしたのが、今その先生の声がきこえるように思います。あんた方字をかいて一つみてごらんなさい。大の字の棒が上へ、水平線からずぬけたら天、水平線から上へ頭がでたら大の字それが天へつかえたら神様のご加護をうける天の字になる。もう一つ生意気に、それが頭の上へ、神さんの上へ頭がでていくというと凡夫になる。そういうて先生がひいひいお笑いになったのはここなんです。誠にあじのある言葉で ございます。
(昭和三十六年二月二十八日講話)
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第二〇九条 「日に一つなりとも、天の意にそうて世の中の為になるものを造り出せと。」
この二百九条は、泉先生が私にいうた言葉なんでございます。「村木さんよ、一日に必ず一つは天とはんが喜ぶ物造れ」とこういうお話でありました。この天の意に添うてということは非常に意味の深いことでございまして、天の意ということは今日申す科学という事です。物理化学と、それにそうて、世の中が使える物を造れよとこういう事なんでございます。今考えてみますと、あなた方が農業なさるのでも、今から十年前の農業とはどうですか、お比べになると、耕うん機をはじめ、もうすべての農業のお仕事が、天道さんのお力をかりとりはしませんか。
あの耕うん機などでも、人の三倍四倍もの力を与えております。仕事がはやい、しかもきれいにできる。これは、すなわち物理学の応用でございます。それから又促成方法でも、これはお日さまの温度を利用するということで、すべて天道さんの力を借りとるという事につづまる訳でございます。こんご、この農業というものが次第と変ってきましょうが、ほとんど、麦というものは、日本人の食料になっとりますから、作っておりますけれども、今日麦というものは、ほとんど貴方がたの足りにならんという時代が来とる訳でございます。そうすると農業、この麦作に代るところの物は何かせねばならん、すなわち泉先生がおっしゃる天道はんの意を借りてする仕事は、これからの仕事という事になってきます。おそらく今日の池田首相も、所得倍増の計画を立てとりますから、すべてこの天の意を借るという事が今後勝つということになると思います。泉先生はいつも私にそういう事をおっしゃったのです。 天道はんの力借れ、天とはんの力かるという事が今後の世の中の仕事になってくるぞ。それが遅れたら世の中の為になる事が少ないと。なかなか先生のお目は通っとります。私がそのお話を先生から聞きましたのは今から四十五年前ですが、まだおそらくそのとうじに、商売であろうと、農業であろうと工業であろうと、泉先生のおっしゃるように天の力をかるということは、まだまだ夢にも考えていなかった時代です。ところが今日になりまして、政府は特に科学を利用するという学校をつくれというので、昨日の新聞にも出ておりましたが、文部省では、科学を人間の生活に実用化していくところの学校を特別につくる。こういう事を発表しておりますが、これこそ将来池田さんがいうように所得倍増はどうしても、その手によらねば出来んのです。これを先生が四十五年前におっしゃったかと思いますと、実に私は先生のおめがねのえらい事に敬意を表せざるを得んのでございます。
今後農業であろうと、商業であろうと、工業であろうと、すべて物理科学の力を借りていくということが、ほんとうの今後の仕事になるんでございますから、どうぞ泉先生がそういう事を四十五年も前に言うてくれてある、実にありがたいなあというおぼしめしで、お読みになったらよいと思います。
(昭和三十六年三月十五日講話)
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第二一〇条 「人はわが心で自分を制して行こうとするが、理想が低ければ出来るものでない。ちょうど舟の中にいて、その舟を進めようとして舟べりを押すようなものである。舟以外に何かたよるものがなければ、動かぬと同じこと。」
舟に乗って、そしてどんな強い人でも、舟の中で力をいれてこの舟動かそうとしても、どこ押したとて舟は動きません。揺るのはゆれますけれども、進ませたり、後へよらせたりはできません。これは舟以外の何かをたよらなければ舟は動きません。かいで押すのも、これは舟以外の所を突くでしょう。綱で引っぱるのも、これも舟以外の所から引っぱりましょう。また萱の穂ひとつ引っ張るのでも、これ舟以外を引っぱるから舟は動くのです。
これはたとえでございまして、人間の一生に自分の力でこうしよう、ああしようということを考えていくことは結構でございますけれども、それはどうしても何かに頼らなければいけるもんじゃない。すなわち二百九条で申したように天道はんの意にすがる。すなわち今日の言葉で申すならば、物理化学の力に添うていくことでなくてはできるはずはないのです。また信仰からいいましても、これは自分が、ひとつ自分の心をできるだけ大きく使うようにけい古しようと思ってもそれはできません。やはり昔の偉いお方をまつった神仏にお頼みする。すなわち自力でなくして他力にすがるということです。真言宗は自力もあります。他力もあります。又もんとでありましたら、もう他力本願一遍倒です。南無阿弥陀仏と阿弥陀様にすがるのは、もう他力本願でございます。真言宗の教えは、自分が工夫して、そうして自分の身をおさめていくのだが、頼らねばなんにもならんぞと、こう教えとるのでございまして、この二百十条は先生が非常にお大師様ご信仰でございますから、お大師さまの教えを先生がよくご承知であって、自分が考えたのではいかん。ちょうど舟の中でいきばっているようなもんじゃ。舟の外のものにすがって、それを引っぱれと、こういうことをおっしゃっとるのは、ちょうどこの頃あなた方が、きゅうりを作っておいでるんでございますが、きゅうりが わがでに沢山実をならしてやろうというたところで、あれはきゅうりのつるはようたてらんのです。だから竹を立てます。支柱をします。それへきゅうりが上っていく、すなわち自分の力だけでは、土地へへばりつくというと余計ならすことが出来ない。それでつえを柱と頼むところの、その竹にのぼって、そうして沢山のきゅうりをならす。これと同様に自分がならそうと思っても、土地へへばりついていてはなれんのです。すなわち、神仏を強い柱と頼んですがるように、竹にすがってならせばよくなると、こういうふうに自分の力と、すがる力と両方必要だということを先生がお教えになったのです。
こういうことをおっしゃるのはちょうどもう、お大師様のお教えそのままです。先生はあまり勉強もなさらず、従って宗教の学問はお知りならんのですけれども、生まれながらにして、お大師様がおっしゃることとよく似ておるのです。自力ばかりではいけない。すがれ。一心にすがれ。こういうことをおっしゃっとるのでございます。
(昭和三十六年三月十五日講話)
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